Sakuはゆるく生きる

基本なんでも。

定年後のキャリアより今この瞬間が大事

president.jp

 

 日本人はなぜか老後のことを心配する傾向にある。私はぶっちゃけ老後のことなんてどうでもいいし、今この瞬間の方が大事だと思っている

 

 で、日本人は定年退職後の人生のことを考慮に入れ社会人としておよそ40年働くことになる。なのに定年退職をいざすると上記の記事のような問題に直面する。

 

 定年後が暇で暇で暇でしょうがない。

 

 なぜこのような滑稽な事態が生じるのか

 

 

 

定年退職後の人生をユートピアだと思っている

 「老後は自由に暮らそう!」

 

 もうこの考えから既に危険信号である。なぜ今自由に暮らそうと考えないのか。いや100%自由は無理かもしれないが、自由になるための努力ぐらいはできるだろう。

 

 例えば定時に帰るように毎日努め、余暇の時間を自分の好きなことにあてるなど。自分の時間を生きる姿勢こそが自由なのだ。そういう努力を怠り、誰もわかりやしない将来、つまり老後の人生に思いを馳せているから、いざ老後になるとHIMAGINEになるのだ。老後のことをIMAGINEする必要なんてない

 

 というか老後になってできることなんて、若いときと比べるとあまりないだろう。日本各地や世界を旅行しようにも体力が衰えているので十分に楽しめないかもしれない。スポーツだってしかりだ。

 

 

 もちろんライザップに金をつぎ込み、素晴らしい肉体美を獲得すれば、楽しめるかもしれないが。

 

 そうなると(ライザップに金をつぎ込むことじゃない)、できることはせいぜい地域のコミュニティで同世代の人と過去の社畜ライフの思い出話に花を咲かせることぐらいしかないのだ

 

 今この瞬間を生きることを大事にしなければ、老後に待っているのはユートピアではないのである。

 

今遊ぶことを忘れているから定年後老いて枯れる

 老後をユートピアだと考え、今は好きなことを我慢する、だから老いて枯れるのである。日本人は社畜ライフを送っている時は、どうしても仕事やその組織のことを重要なものであると考えがちだ。

 

 しかし仕事の中での組織なんてちっぽけなものだし、仕事のキャリアとかだって、政治家や官僚のごとく忖度がうまい人たちが優位に進められるものである。

 

 そのような小さな世界を大きな世界のように思え、自分の人生のことを考えないのは愚の骨頂である。だから、今楽しむことを我慢して老後のことを考える行為なんて全くナンセンスなことだ。

 

 「真面目にコツコツ地道に」というおかしな信仰を捨て、今自分が好きなことをやろう。そうすれば老後なんてその延長線上になるからHIMAGINEになることはない。

 

 私はそう信じている。

 

 

定年後の生活設計を考えることは無駄である

 なぜ定年後の生活設計を考えることは無駄なのか。

 

 今やりたいことを我慢して、遊ぶことを忘れる結果、老いて枯れて「全力少年」になれないことはすでに述べた。

 

 それに加えて社会の状況が今と昔とでは全然違うからである。現在はめまぐるしいほどに社会状況が変化している。ITの発達などで、私たちの生活は劇的に変化している最中である。

 

 急速に社会が変化しているのだ。だから40年後、50年後どうなっているのかわからない。もしかしたら年金のシステム自体が破たんしているかもしれない。

 

 もしかしたらベーシックインカム(国民に一定額の生活費を支給するやつ)が導入され、労働から解放されているかもしれない。

 

 そういう可能性だってあるのに、昔のように「若いうちはやりたいこと、好きなことを我慢して地道にまじめにコツコツ働く」なんてことしてたらそれこそ取返しのつかない人生になる。

 

 将来どうなるかもわからない「未来予想図」なんて考えるよりも今何ができるかを考える方が重要である

 

 この瞬間を無駄にはしない

 

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