Sakuはゆるく生きる

外国語系の記事が多くなりそうです。

成果を上げない愚直な努力は何もしないよりはるかにマシな話

 今は「正しい努力」をすることの重要性がやたらに問われています。

 

 世の中見渡してみると、

 「努力をするときは方向性が正しいかどうかを考えなければならない!」

 とか

 「いくら努力しても結果が出なければ意味はない!方向性の正しくな努力は何もしていないに等しい!」

 「ガムシャラな努力なんて無意味!いかに最小限の努力で成果を上げるか。それが大事!」

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 みたいな意見がたくさん出回っています。 

 まあSNSを見た限りですけどね!

 

 

 彼らの意見を考えるに、結果が出ない努力なんてやったってムダ!

 結果が出ない努力はやらないに等しい!

 という感じでしょうか?(言い過ぎ?)

 

 

 確かに勉強や仕事などの能力を高めるためには正しい努力が重要だと思います。

 それに正しい努力をするためのノウハウもネットや本などによってかなり出回っています。

 ゆえに昔よりも確実に結果を出せる正しい努力をすることは容易なことは間違いないです。

 

 

 でも、いくら努力をしたって報われない時は報われないです。

 正しい努力をしたとしても、100の努力をして100が報われるわけではありません。

www.penserblog.net

 

 それが世の中…。

 それなのにやたらと「正しい努力」を強調する風潮には甚だ違和感を感じてしまいます。んで、意識高い系は努力して結果が出なかった人に対してやたら厳しい物言いをしますし。

 ツイッター界隈は。

 

 

 でも、私は思うのですが、たとえ努力して結果が出なったとしても、何もしないで「正しい努力は大事だ!」とのたまう人間よりはよほどマシじゃないですか?

 これは勝手な推測ですが、「努力の方向性が大事だ!」、「結果の出ない努力は意味がない!」とやたらに煽っている人ほど、そもそも努力してないのではないかと思います。

 

 だって、本当に努力していたら、そんな煽るヒマなんてないじゃないですか。

 煽るということは、努力をせずに実はヒマを持て余しているんだと思います。

 

 しかし、「努力の方向性」ネタはかなり支持されるので、承認欲求が強い人は「努力の方向性」を煽らずにはいられない。そういうふうにそもそも努力をしていない人ほど「正しい努力」の重要性を煽りまくる。

 

 

 

 でも、口だけで努力を煽るよりも、たとえ成果が出なくても圧倒的に愚直な努力をする人のほうがはるかにマシです。

 努力をするということは少なからず行動に移しているということの証左ですし、そのような努力は必ずどこかで生きると思います。

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 結果が出なければ努力なんて意味がないという人もいますが、私は努力することそれ自体に意味があると思います。

 努力をしまくって「努力教」に陥ってしまうのは良くないですが、

www.penserblog.net

 

 努力することによって能力が伸びることは事実です。

 それが「結果」という形で表れなかったというだけで、その人にとっては大きな進歩だと思います。

 

 正しい努力をすることは大事ですが、その一方で愚直な努力の重要性も忘れないようにしなければいけませんね。

 

 以上です。