マクドナルドやユニクロへ行くと、店員が外国人観光客に英語で接客対応しているのをよく目にします。
彼らは決して難しい難しい英単語や複雑な文法を駆使して英語を話しているわけではなく、標準的な語彙、文法を使って対応している。
私は彼らの英語を聞いて、「これが英語を話すことなんだ!」と思いました。
日本人はとにかく自分と相手に求める英語力が高すぎる。
発音が間違っているとか単語や文法の使い方がおかしいとか。
でも、そうやって細かいことばかりを気にしまくった結果、結局英語が話せないという状態になってしまっている。
確かに単語や文法の正しい知識は重要だけれども、それらにこだわりすぎるのは本末転倒だと思います。
言語というのは知識を獲得するという側面以外にもコミュニケーションツールという面があります。つまり他者との意思疎通を図るという面。
日常的に英語話者と話す機会があるのなら、「コミュニケーションとしての英語」力を養わなければいけません。単語や文法知識が完全でなくても、必要な情報を相手に伝える、と同時に相手の言っていることを理解する力を鍛えなければいけません。
そういう意味では最初でも述べた飲食店やアパレル系の店員の英語が「コミュニケーションとしての英語」として十分機能しているのではないでしょうか。
まあ、根本的な問題、日本だと英語を話さずとも生きていけるので、知識面に関心が向かうのは仕方がないことだと思います。加えて英検やTOEICなどの資格の影響力もあり、日本人は一層、「知識としての英語」を高めようとしている。
しかし、昨今のインバウンドの状況を見るに、日本人はこれまでよりも英語を話す機会が増えてくるでしょう。
そのような社会的な背景から、これからは「コミュニケーションとしての英語」が重要になってくるはず。
英語が話せるとは難しい英単語や複雑な英文法を駆使することではありません。
シンプルな語彙を使って相手にしっかりと情報を伝えることです。
変化しつつある社会において英語の考え方も変えていったほうがいいでしょう。