
論理的思考とは唯一無二の型があるもの。多くの人はそのように考えるでしょう。
つまり、最初に主張を提示し、主張を裏付ける理由を述べる。最後に主張を再度書く。このような形式こそが論理的思考の型であり、他に論理の型なぞ存在しない、いや、するはずがないとさえ思っているかもしれません。
しかし『論理的思考とは何か』によれば、論理的思考は世界各国によって異なるものであると書かれています。例として、日本、アメリカ、フランス、イランの作文の書き方の違いをそれぞれ述べています。
この本を読むことで、論理的思考が国によって違う点がわかるだけでなく、その国に住む彼ら彼女らの思考のベースを理解できるようになります。結果、異文化に対する理解が深まるでしょう。
論理的思考4か国の違い
日本→社会論理
日本の論理的思考のベースにあるのは感想文。
感想文と聞くと、「それあなたの感想ですよねw?」、「エビデンスはあるんですかww?」、「ダメじゃないですか!wwww はい!論破wwwwwww」みたいにネガティブなイメージがもたれがちですが、実はポジティブな面もあるのです。
感想文の型としては序論(書く対象の背景)→本論(書き手の体験)→結論(体験後の感想=体験から得られた書き手の成長と今後の心構えと構成になっています。
この型を思考に内在化させることで認知や思考、感性、態度の能力が高まっていくのです。
ビジネスなどで使われる論理的思考はアメリカの5パラグラフのエッセイですが、ストレートに情報を伝えることができる分、合理的すぎて相手の考えを無視したり、誤解が生まれやすい構造となっています。
その点、日本の感想文はアメリカ型の論理的思考と比べると、情報伝達という点では良くないですが、人間的な感性を養うには優れたものとなっています。
アメリカ→経済論理
現在、私たちが「論理的思考」と言っているのはアメリカ型の経済論理ベースのエッセイと言えます。
序論で自分の主張を提示し、本論で主張を支持する3つの理由を述べる、最後に主張を別の言葉で繰り返す。
日本の作文のように書く対象の背景を省き、書き手の成長や教訓なども排除する。必要な要素のみを述べた簡潔かつ合理的な構成と言えるでしょう。実際、アメリカ型のエッセイは特にビジネスシーンなどで好まれています。
しかし、簡潔に意見を表現する分、ものの見方が単純化し、他者との軋轢が生じてしまうリスクも孕んでいます。最近、ホルムズ海峡の閉鎖が問題になっていますが、イランの思考論理を理解していない、そして問題を単純に見すぎているがゆえに解決できなくなっているのではないかと思います。
アメリカ型のエッセイは最短距離で情報を伝えられるメリットがある一方、物事を単純化してしまうデメリットがあります。
イラン→法技術の論理
イランの作文の型が面白い。イランの学校作文は「エンシャー」と呼ばれ、型としては序論で主題の背景を述べる→本論で主題を説明する三段落→結論で全体をまとめ、ことわざや詩の一節、神の感謝のいずれかで結ぶようになっています。
結論が一つに決まるという点においては他国の論理的思考と似ていますが、それが個人ではなく神の摂理や自然の意志によって決まっているという点が大きく違う点であると言えるでしょう。
結論を決めるのは個人か神か。この違いを理解することでホルムズ海峡の問題ももしかしたら解決できるかもしれません(できない)。
フランス→政治の論理
デカルトやパスカル、サルトルやミシェル・フーコーなど名だたる哲学者を生み出し続けているフランス。
フランスにおける論理的思考は「慎重に政治的判断ができる」ことがベースとなっています。それゆえに思考の型が複雑になっています。
フランス式の小論文は「ディセルタシオン」と呼ばれ、論理の流れが「正」→「反」→「合」という弁証法的な形を取っています。
例えば「国家に服従すべきか」という問いがあった場合、
「国家とは国民の生命と財産を守り平和を維持するもの」→国家への服従は義務。これが「正」
しかし国家が役割を果たさない場合、服従する義務はなくなる(専制国家や独裁国家である場合)。→これが「反」。
「正」と「反」からどのようなことが言えるか?。これが「合」。
という感じにアメリカ型の5パラエッセイと比べるとかなり複雑になっています。
フランスでは過去にフランス革命が起こっており、市民をどう教育し育成していくかは最重要問題とされていたようです。このような背景から「ディセルタシオン」が生まれたと言われています。
まとめ
論理的思考は唯一無二のものではなく、世界各国によってそれぞれ型があることを述べました。
日本→感想
アメリカ→経済重視の5パラエッセイ
イラン→神が根底に存在する「エンシャー」
フランス→「正」→「反」→「合」の「ディセルタシオン」
本書では四か国を例に挙げていましたが、国の数だけ論理が違うということを理解すれば、世界の紛争もいくぶんかは少なくなるでしょう。