上の記事。2021年度より始まる「大学入学共通テスト」の記述式の採点を大学生にもやらせるっぽいです
私、この記事を見た時マジで目が点になりました。ほんと、「!!!???」みたいな感じ。
大学入試の試験問題の採点を学生にやらせるとか、どこの開発途上国よ!?って思っていたらニッポンでした。
大学受験って受験生の人生がかかっているわけじゃないですか(と言っても昔よりかは学歴の価値は下がっているが)。
受験生はどうしても行きたい大学に合格するために、今も必死こいて勉強しているでわけですよ。見たいテレビも我慢し、やりたいゲームも我慢し、SNSも極力我慢して。
特に浪人生なんて1日中勉強しまくって疲労困憊なはずです。
受験生は1点でも多く点数を取るために死ぬ気で勉強しているんですよ。
それを「記述式の採点は人が足りなくてぇキツイカラーダイガクセイニモーバイトデヤラセマース」って、、
いや、そりゃ霞が関の偏差値エリートにとっては東大や京大に合格することぐらいアサメシ前で、所詮受験勉強なんて片手間程度のものかもしれませんよ?
だから試験の問題の採点なんて誰にやらせても同じだろ、ぐらいに思っているかもしれません。
彼らにとっては受験生が必死こいて勉強して試験当日点数が高くても低くても、そんなもん知ったこっちゃないかもしれません。
でもそういうことを差し引いてもあまりにも無責任極りないと思います。
普通に考えれば受験生が約50万人強受ける試験で記述式を導入するとか明らかに無理があることぐらいわかるはずじゃないですか。
初めから構想が破たんしています。
それなのに今流行の「考えるよりも行動することが大事!」みたいなことをオッサンたちが真に受け止めたからこんなことになるんですよ。
個人単位でそうするなら全く問題ないと思います。
でも多くの人を巻き込んでの行動はまず計画を考えなければいけません。
期間はどれくらいかかるのか?
採点にかかるコストはどれくらいなのか?
「試験問題の採点のプロ」は果たしてどれくらいいるのか?
受験生の数に対し採点は間に合うのか?
これらの問題点を洗い出し、その問題を克服できそうだというメドができて初めて行動に移すことができます。
というかこんなの普通の社会人だったら当たり前中の当たり前中の当たり前にしていることだと思います。
計画を無視した行動を取ることで、翻弄されるのは受験生、学校の教師、教育関係者などです。
一部のオッサンたちが無邪気な行動を取ることで、かなりの人に迷惑がかかります。
これじゃあマジで「絵に描いたフレンチ」のレベルです。あまりにも理想が先走りすぎている。
そもそも記述式の問題なんて国公立の二次試験とか私立の一般入試とかでその割合を増やせばいいだけだと思いますけどね。
わざわざ試験制度をごちゃごちゃ変えなくてもできるはずです。なぜそれほどまでに記述式という形式にこだわるんでしょうかねえ。
一応は建て前として「思考力を試す」みたいな名目があるのかもしれません。記述式はマークセンスと違ってごまかしがききませんから。
で・も・その記述式の問題の難易度が高い試験を突破した偏差値エリートたちが今こんなヘマをやらかしているわけです。思考力もクソもあったもんじゃないです。
というか大学側にとっても「大学生が入試問題を採点する」って迷惑極りないですよね。
大学生に試験問題を採点されて、受験生が大学に入学してくるのですから。
こんなん学力が担保されているかなんてわかったもんじゃないですよ。
大学の威厳が地の底へ堕ちてしまいます。
私は他の国の大学入試の事情はわかりませんが、少なくとも大学生に入試問題を採点させる国とか知りません。
アメリカやイギリスの大学入試でそんなことしたら、先進国の面目が丸つぶれしょう。
フランスのグラウンゼコールが大学生に採点なんかさせたら、歴史に泥を塗るでしょう。
世界の大学は優秀な受験生を獲得するために、受験に莫大なコストをかけています。
大学生に採点させるとかアホなこと言っている点で日本は世界から取り残されている感が否めません。